GRist 50 石川直樹さん
こんにちは、野口(元:社員N)です。
今回のGristは、石川直樹さんです!石川さんは、22歳で北極点から南極点を人力で踏破、世界七大陸の最高峰登頂に23才世界最年少で達成するなど、世界各地の旅を続けながら、写真家として活動をしています。写真集やエッセイなどの本も数多く出していますが、2007年に「GR SNAPS」(ぴあ刊)にも参加していただきました。今回は、旅と写真、そんな切り口でお話が聞けたらと、表参道のカフェでお会いしました。
■旅する人 石川直樹
野口(以下:野):石川さんで、このGRistはちょうど50人目になるんですよ。
石川(以下:石):すごいなあ。
野:8年かかりましたけど。
石:歴史ある企画ですね。
野:いえいえ、細々と(笑)。ところで、今回、取材のお願いメールを出したら、返信はフランスのシャモニーからでした。その前に連絡したときは、ヒマラヤ標高5100m地点からの返信だったかと。遠征中でもメールは小まめにチェックしているんですね。
石:はい、ヒマラヤだと標高5200mにあるベースキャンプまではメールがチェックできるんで。
野:なるほど、そんな石川さんですけど、自分は冒険家でも登山家でもないと、言われてます。
石:自分でそんな風に名乗ったことは一度もないです。そんな風に名乗ったら、年がら年中冒険したり、山に登っていなきゃいけないみたいになってしまう。僕は、ヨーロッパの町もふらふらするし、フィールドワークのようなこともたくさんしていますからね。冒険家と決められてしまうとなんだか窮屈だし、ちょっと恥ずかしい気がして。山に登ったり川を下ったりもしますけれど、あくまで足場は写真にあります。旅続きではありますけどね。
野:じゃあ、旅する人かな。
石:職業は?と聞かれたら写真家というのが一番ウソがないですね、仕事の量としても。冒険家と言ったらウソになる。
野:でも冒険はしている。ときどき冒険もする写真家?(笑)
石:でもね、今、エベレスト登ったって冒険家じゃないですよ、もう3千人以上が登ってますから。ここは北極ですけど(写真集「Polar」を見ながら)イヌイットが住んでいるわけで、ここ行って冒険家と言われても、イヌイットの人は困っちゃう(笑)
野:なるほど。冒険家はプロセス、手段が重要と言います、無酸素とか単独とか。観光だけならヘリで運んでもらって最後のアタックだけするのもありかもしれませんけど。写真家としての石川さんは目的地までのプロセスをどんな風に捉えていますか?
石:山の頂上に立つことが目的ではなくて、その途中でシェルパ族の文化に触れたり、人と出会ったりするのが、僕にとって楽しいんです。だから、プロセスこそがそこに行く目的だとも言えます。さらには、「どこに行って何をしたか」より「その瞬間に何を感じたか」「何に向き合っていたか」「なぜそこに行くのか」の方が大切ですね。
野:あくまでも、日常の延長から続いている旅なんですね。そんな旅で、今、一番行きたい場所はどこですか?
石:今、5部作の写真集を作ろうとしているヒマラヤです。2、3週間前もヒマラヤに行ってたんですけど、雲母というキラキラした鉱物のカケラを吸い過ぎちゃって、空咳が止まらないんですよ。
野:それは、お大事にしてください。
■叙事詩のような写真
野:写真を始めたのはいつ頃からですか?
石:高校2年のときに、インド・ネパールに行ったんですけど、その頃からですね。旅と写真は分かち難いものです。
野:石川さんの写真は、ルポルタージュでもネイチャーフォトでもなくて、一言で表すと叙事詩のような印象を持ちます。それは、常々「写真は記録」と言われてることに繋がるのですが、当初から、そういう考えをもっていたのですか?
石:いや、やはりそこは色々と考えつつ、今に至る、という感じです。
野:最初に写真を見てもらったのが、森山大道さんだったのですよね?
石:ええ、当時はポジで撮ってたんですけど、森山さんが、昼間の新宿ゴールデン街の一室で会ってくださって、ライトBOXを置いてルーペで一枚一枚、何百枚も見てくれて。それでアドバイスもらったりしてたのが、僕の一番最初の写真体験です。GRも、最初は森山さんの影響で使い始めたのがきっかけです。まだフィルムの時代ですけどね。
野:そういう中から、石川さんらしい写真家としての世界との向き合い方が作られてきたのですね。「世界を切り取る」なんていう言い方も好きじゃない、というのも。
石:向こうから飛んで来るものをカメラでキャッチする感じ、陳腐な美意識で世界を「切りとる」よりも目の前のあるがままを受け入れることのほうが大切だと思ってますから。
野:たくさんの過酷な体験の中で、自然の力とか尊厳を肌で感じてきた人が言うと、すごく説得力があるな。頂上で数分しかいられない時に記録として撮る写真でも普段でも、そういうスタンスは同じですか?
石:そんなに変わらないです。中判カメラを持って行くんですが、昔はバックアップに「写ルンです」や「GR」を持って行ったこともありました。例えば、冬の富士山なんかはとても危険な山ですけど、その時もフィルムのGRでパシャパシャ撮っていたこともありますよ。
野:文字や写真に自分の主観、意図をできるだけ反映させたくないというのも何かで読みましたが、それも同じことでしょうか。
石:反映させたくないのではなくて、イヤがおうにも反映してしまうものなので、わざわざ反映させようとか考える必要はない、ということですかね。つまり、考えないで撮るということです。
野:自分らしさをどう出すかなんて考えることはないと。でも、やはり、ちょっと人と違うカッコいいものを撮りたい、とか思ってしまいがちですけど、そういう"欲"を抑えるには、どうすればいいんでしょう?
石:体が反応した時に撮る、それを追求していくということです。人がどう思うかな?というような考えを消して、自分が、驚いたり、嬉しかったり、凄いと思ったり、そういう体の反応に合わせて撮ることです。構図なんかでも、人間ってコンマ何秒でも考えてしまうものですけど、それを排除するために、昔はノーファインダーでたくさん撮っていたこともあります。今はそう多くはないですけど。
野:経験を積むことで、ファインダーを覗いても、自分を抑えることができるようになったということでしょうか。以前、写真展で、主観を排除するために、キャプションをいっさい付けない展示もしてました。撮り方だけでなく、見せ方でもそういう工夫をしている?
石:んーまーキャプションは普通はつけないですよね。あとは、あえて撮影した時系列通りに写真を並べたりとか。それも、同じ目的です。
■カメラのこと
野:カメラの設定はいろいろ変えますか?
石:絞ったり開けたりくらいはしますけどね、基本はプログラムでパシャパシャ撮ってます。
野:デジタルとフイルムでの使い分けは?
石:あまり意識しないようにしてます。デジタルだと、試しに撮ってみようとか、押さえで撮っておこうという欲が出てしまうことがありますけど。
野:今は、高い山の上からでも、毎日、写真を付けて世界に発信できるようになりました。それもデジタルならでは、ですね。
石:僕の場合は、ブログがない時代から、日記のようなものを発信していたので、そこはあまり変わりません。ですが、デジタルでリアルタイムに発信することと、時間をおいて違った眼でセレクトして発表するのには、それぞれ意味があって、僕は特に後者のタイムラグを大事にしたいです。時間をおくと、新しい発見があるんですよ。
野:双方のメリットを活かして、うまく使い分けているんだ。新型のGRは、バングラデシュに持って行き、ダッカに流れ込むガンジス川支流の写真を「GR DEEP WORLD」(日本カメラ社)に掲載していただきました。使用感どうですか?
石:良かったですよ。初代のGR DIGITALから使っていますけど、画質もレスポンスも不満を感じませんでした。
野:よかった。石川さんのように、世界を旅する人のお供でいることが、GRの目標なんです。そんなGRを持って、今、行ってみたいところは?
石:南極ですね。今まで2回行ってるんですけど、あともう1回行ったら、なにかまとめられるんじゃないかなと思っていて。
野:南極って、情報があり過ぎて、ポピュラーになり過ぎてしまっている感じがしますが、なぜ、南極に惹かれるのでしょう?
石:写真家としては、ポピュラーな場所の方が撮りやすいんですよ。そのイメージを覆していけばいいわけですから。例えば、東京タワーとか富士山とかエッフェル塔とかナイアガラの滝とか、皆の共通イメージが出来ている場所。
野:はい、イメージがぱっと浮かびます。
石:富士山だって、撮影スポットの本などもたくさん出てますけど、世界の見方を変えていけば、新しいものに出会える。そして、それが作品になっていく。
野:確かに、写真集「Mt.Fuji」(2008 リトルモア刊)を初めて見た時は、とても新鮮に感じました。
石:未知の領域に踏み込んでいって未知のモノを撮るよりは、見慣れたものの中に入っていって未知の風景を撮ってくるのが写真家です。僕が、みんなが知っているエベレストに行くのはそのためだし、森山さんが新宿を撮るのも、だから意味があるのだと思います。
野:ペンギンと氷だけではない南極かぁ
石:そういう写真集がたくさんあるなかで、そうじゃない、例えばスナップとしての南極を撮ったり、いろんなやり方がありますよね。ザ・南極な写真を撮ってもつまらない。常に新しい世界を写したいですからね。
野:現実は、やはり費用面などで簡単にはいかないとか?
石:そうですね、でも、早くチャンスを掴んで行きたいと思っています。
野:ヒマラヤの5部作も、南極の新作も、楽しみにしています!
■お気に入りの一枚
ダッカに流れるガンジス河の支流で撮りました。すぐ近くに河口があり、その先
は海です。ダッカはぼくが最も好きなアジアの都市です。
~取材を終えて~
日焼けした端正で精悍な顔立ち、並外れた好奇心と行動力で、カメラをもって世界中を旅する石川さん。物静かで、飾り気のない語り口からは、極限を何度も体験してきた人間だけが持つ、謙虚さと自信が伝わってきました。「自然の力の前では、どんな修飾語も陳腐だ」ということも、それを生死の狭間を何度も行き来しながら体感してきた石川さんだからこそ、写真や文章でそれを表現して伝えられるのだと思います。
東京タワーから南極までをスナップする石川直樹さんが、これからどんな場所に、どんなものに反応していくのでしょうか?年末からはチベット、来春は世界で5番目に高い山マカルーにアタックする予定とのこと。これからの活動にも眼が離せません。
■プロフィール
1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士課程修了。写真集
『CORONA』(青土社)により土門拳賞受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞
を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。ヒマラヤ五部作の第一弾
『Lhotse』(SLANT)が刊行されたばかり。
http://www.straightree.com/
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