GRist 35 茂手木秀行さん
今回のGRistは写真家の茂手木秀行さんです。
都内の仕事場にお邪魔して、写真に対する考え方やアマチュアに対するアドバイスなど、いろいろと興味深いお話を伺ってきました。
■経歴と「東京アーカイブ」について
ふー(以降 ふ):茂手木さんはマガジンハウスの専属カメラマンを経て独立されたわけですが、雑誌時代と現在で写真への姿勢や考えなどに変化はあるのでしょうか?
茂手木(以降 も):何も変っていないですね。ただ、人から依頼される仕事にしても、自分の作品として依頼されることも多く、今の状況は非常に幸せです。もっと早く独立しても良かったと思うぐらいです。
ふ:雑誌社の経験が生きているところは?
も:雑誌や本にかかわったとき、入稿ペースや印刷を深く知っていることが大きいです。また、昔から関わってきた知識があるので、デザイナーさんに対して先を読んで進められるので助かっていますね。
ふ:茂手木さんのブログ「東京アーカイブ」では、「東京のなにげない風景」を掲載し続けています。シャッターを切るときは、何か感じるものがあるんじゃないかと思うのですが、それはどんなときやどんなものですか?
も:子供の頃の記憶や恋愛の記憶につがなっていくものですね。どこかに旅行に行ったとき、景色のいいところで記念撮影もしますが、そこに行く途中の何でもない電柱や庭先の花なんかを覚えてたりしますよね。僕はそういうところを見たい。
写真は現代アートのひとつになってきましたが、対象が存在しないと成り立たないというところが他のアートと決定的に違うところです。僕自身が見てきて感じてきたものを風景の中から拾い出して、再生産してコミュニケーションするために撮るのが写真だと思います。僕の人生がなければこの写真は成立しない。撮影者のキャラクターや人格が写真に現れると思っています。その意味で、写真は写真家の生き方そのものだと信じています。
東京アーカイブも一貫して同じで、「あ、自分の記憶につながるな」と思ったときに撮っています。「記憶につながる」と言っても、ノスタルジーを追い求めているのではありません。5分前の「記憶」だったりすることもありますし。
ふ:「あ、これをブログに載せよう」と思って写真を撮影されますか? それとも、撮るときはブログのことは意識せず、後で選定されるのですか?
も:載せようと思って撮るわけではありませんね。撮る行為自体が日常的なので、写真はどんどん溜まっていきます。後で写真を見たときに、記憶につながるものをピックアップしています。
ふ:ブログのネタを探そうとして写真を見始めますか? それとも、見ているうちにブログに載せようと思うのですか?
も:そもそも、ブログのネタを探して写真を撮っているのではなく、ブログは僕の人生の単なるログです。
見ているうちに、「あ、これは文章と一緒にブログに載せよう」という感じです。人が写っていないかなどをチェックをして、「今日はこんなことを考えたよな」といったことを思い出しながら書いています。
ふ:人物を載せないのは、「風景は風景としてちゃんと見せたい」という意味ですか?
も:それもありますが、僕はモデル撮影をすることはありますけど、街中での人物スナップは撮らないんです。自分にも著作権がありますが、そのために人の肖像権を考えないのは矛盾だと思っていますので。一声かけて撮ることや人物の特定できない点景としてとることはあります。これは人それぞれの考え方でしょうけど、僕はそこにはこだわっています。
ふ:人格やキャラクターが写真に現れる、という話ですが、茂手木さんの作品はカラーでも「モノトーン」を感じる気がします。そういう点は意識されていますか?
も:色が濃いのは好きじゃないんですよね。記憶色は彩度が高くなりがちだけど、現実にはちょうど僕が出してるぐらいの色じゃないかと思います。そこで見たものを共有するためには、あたかも一緒にそこにいたかのように感じて欲しい。そのために、目の前の風景のディテールをすべて見せたいんです。それが解像感などにつながるわけですが、シャープネスで作るのではなく、あえて彩度を落として色差を大きく作っています。彩度は低いけど「色彩は豊かだ」という人もいますよ。
ふ:それが「茂手木カラー」になっているわけですね。それ実現するために、撮るときに注意や工夫をしているところは?
も:絶対に白を飛ばさないことですね。そうするとどうしてもアンダーめの画像になりますが、白を飛ばさず黒をつぶさない、ぎりぎりの露出にしないと、すべての光を有効に使えないんですよ。
ふ:露出はシビアなんですね。
も:けっこうシビアにやってますし、指定されない限りJPEGでは撮りません。オーバーに振ることはまずない。
例えば人物を撮るときに肌に露出を合わせて、後ろに白い雲があったら、雲は普通は飛んじゃうじゃないですか。でも僕の写真では、本来飛んでしまうところでも必ずディテールを出します。飛んでいたほうが写真としては綺麗かもしれないけど、それは僕がそこで見た風景とは違う。写真上の表現を用いるよりも、自分が見た通りのまま、自分がその場所にいたこと自体を表明する写真ってことですかね。
ふ:撮影にあたってカメラに求めるものや、ここはまだまだだな・・・と思うところは?
も:一番気にするのはノイズ特性ですね。今のCCDやCMOSを使っている以上仕方ないけど、シャドウ側のノイズがどうしても出てきてしまう。GXRも、条件が厳しいとノイズとの戦いになりますけど、それはわかって使っているわけですから、カメラによって撮るものや撮り方を変えることで対応しています。
ふ:茂手木さんの作品のアウトプットとして一番イメージされる形態は?
も:やっぱり紙ですね。ただ、写真展にしても印刷物を展示する写真展もしましたし、DDCP (Direct Digital Color Proofing) でも展示しました。もちろんインクジェットも印画紙も使います。紙に出すことが目的であって、手法にはまったくこだわりません。
これには異論もあると思いますが、僕が作りたいのは「作品」であって、この「物品」が価値を持っているとは思っていない。あくまでもそれが「写真として表現される」ことに価値があります。この写真をこの大きさで思った通りにプリントする、という目的に適う手法として、効率がいいものを選びます。
その代わり、その「効率の良さ」の中でも「自分で最後までコントロールできるもの」というのが条件です。とにかく全部自分でやります。
ふ:写真の後処理は「企業秘密」ですか?
も:いろんなところで紹介してますし、この本(Photoshop×Camera Rawレタッチワークフロー)にすべて出してます。自分が思ったことを実現するために、技術は絶対に必要ですが、それが秘密のことだとはまったく思っていません。同じ技術を持っていても、撮る写真はそれぞれ違いますから。
■撮影機材について
ふ:ところで、リコーのカメラとのお付き合いはいつからですか?
も:最初は高校生の頃に使ったゼンマイ式のオートハーフですね。その後、フィルムのGR1を使ってました。いわゆる「高級コンパクトカメラ」が好きで、T2とTC1とGR1の3台を持ってましたよ。あの頃は景気も良かったんですね・・・。
ふ:けっこう「モノ好き」でもあるんですね。コンパクトなカメラがお好きなんですか?
も:そうですね。今でもコンパクト系の高画質デジタルカメラは良く使っていますし、画質が上がってきたので、それでスイスの時計ショーの取材の仕事もしましたよ。
以前は巨大なカメラバッグを抱えて行っていた取材が、すごくコンパクトな荷物で済むんですよね。いろんなブランドに、カメラをポケットに入れたまま「こんにちはー」って取材に行き、「カメラはどうしたの?」って聞かれて、冗談で「あ、忘れましたー(笑)」って。
ふ:わざと大掛かりな準備をするカメラマンもいるんじゃないですか?
も:そうですね。ただ、大掛かりな準備はブランドの担当者にとっても迷惑なんですよ。彼らも朝から晩まで時間を区切って取材を受けてて、休みもないんですね。僕たちなら10分ちょっとで取材・撮影が終わります。で、時間が余ったからお茶でも飲みに行きますか?っていう方が喜ばれるんですよ。それがまた次の仕事にも結びつくんです。
ふ:それも雑誌社時代に培われたノウハウですね。
■アマチュアユーザーへのアドバイス
ふ:最近気になっていることやマイブームは?
も:何だろう・・・。マイブームも写真だけど・・・。
写真が好きでこの世界に入ってきて、今は自分が使える時間をすべて写真に使えるので、こんなに幸せなことはないなと思ってます。
ふ:アマチュアユーザーに「こういうところを気にしてみるといいよ」といったアドバイスはありますか?
も:ホワイトバランスですね。まずはオートじゃなくて、「太陽光」(屋外)に固定してみましょうよ、と。室内で撮ったら撮ったままに出るし、夕日を撮ったりすると夕日のままに出てきます。それに慣れてきたらホワイトバランスをカスタマイズして、自分の好きな色作りをしちゃえばいい。GRもGXRもかなりカスタマイズできますよね。これは他のカメラよりもけっこう器用で面白い点だと思います。
ふ:なるほど。まずは屋外モード固定で撮ってみる、そうするとどんな風になるのかがわかって、そこから新たな興味も出てきそうです。
プリントについて何かありますか? 最近はプリントする人もあまりいないんですけど・・・。
も:写真は人に見せてこそ完成するものだと思っています。写真を撮ってきて、それを見せたときに他の人が何を感じるのかを知るところから自分との違いが明確になり、自分のアイデンティティが生まれてくる。やっぱりその「見せる」という行為が一番大事なことです。
でもディスプレイだと、細かいところは拡大しないと見えてこない。ある程度の大きさのプリントにすれば、全体を見ながら見たいところもちゃんと見られますよね。そういう、一瞬で判断できるメリットがあるので、ある程度の大きさで印刷して人に見ていただくというのが一番だと思います。
ふ:最後に、アマチュアの写真好きに対するメッセージをいただけますか?
も:人に喜ばれる写真を撮りましょう。
写真を撮るのは英語で「shoot」ですが、狙い撃ちされて嬉しい人はあまりいませんよね。「写真を撮りたい」というのは自分のエゴなので、そこを理解して写真と接して欲しいと思います。
特に大きいカメラだと、機材の持つ視線の力が不快感を与えることもあるわけです。今は誰もがカメラを持つようになったけど、それが「カッコ悪い」とか「嫌われる」というような状況にはなって欲しくない。それを言葉にしたものが「人に喜ばれる写真を撮りましょう」です。
ふ:ありがとうございました。
■お気に入りの1枚
電線は大好きな被写体です。電線のつづく先には人の生活の匂いと僕の子供のころの記憶があるのです。
【GR DIGITAL IIIで撮影】
■取材を終えて
作品のブックも見せていただいたのですが、合成処理された写真はあくまでも自然なのに、合成していない写真は合成されたかのような非現実感があったりする、不思議な「茂手木ワールド」に魅了されました。
このあと、離島の話やオートバイの話などで盛り上がったのですが、涙を飲んで割愛します。茂手木さんありがとうございました。
■プロフィール
写真家 デジタルフォト、カラーマネージメントに関するセミナー執筆、写真雑誌での写真作品発表多数。個展「トーキョー湾岸」「道の行方」「RMCalifornia」「海に名前をつけるとき」「海に名前をつけるときD」「沈まぬ空に眠るとき」
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