GRist 23 テラウチマサトさん
今回は、写真好きな若者を中心に絶大な人気を集めている写真家、テラウチマサトさんの登場です。2月4日から開催されるRING CUBEでの写真展「タヒチ 海と陸、昼と夜の間」の準備も大詰めの1月下旬の穏やかな冬晴れの午後、PHaT PHOTO編集部がある原宿近くのカフェでお話を聞かせていただきました。
■いよいよ写真展がスタート!
ふー(以下ふ):早速ですが、まず最初に今回の写真展のテーマについてお話しいただけますか?
テラウチ(以下テ):おととしタヒチを訪れたときに、タヒチは沈んでいく島だということを知りました。目の前に広がるブルーラグーンが毎日少しづつ沈んでいるのだと。沈みゆく島とそれを飲み込んでいく海のコラボが無常の「美」を作り上げていることに深く感銘を受けたのです。そして昨年再び訪れた時に、午前3時過ぎからの満天の星空や、日の出の前の、徐々に夜の闇が薄れていく素晴らしい光景に出会いました。タヒチというと「青い海、白い砂」というイメージが強いけど、夜と昼の間にあるこんな素敵な時間があるのだと気付かされました。そう、夜と昼のコラボ。前述の海と島のコラボを加えて、この2つのコラボと2つの"間"を表現してみたかったのです。
ふ:なるほど、でもそれにしても午前3時に撮影しているって・・・すごいですね(笑)
テ:いや、実はPHaT PHOTOスタッフが時差を間違えて真夜中に電話をかけてきたんですよ。
何が起こったのだろうと夜中の3時に受話機を取ると「ハーイ、ハロー!社長ー!泳いでますかぁー!!!」っていう感じの妙なハイテンションでしゃべられて(笑)、いや用事は大したことではなかったんだけど、それで眠れなくなっちゃって海岸に出たら・・・ということなんです。
ふ:うわぁ、そうなんですか。わからないものですね。でも、そういう偶然をチャンスにしてしまうというのはやはりすごいなぁ・・・。RING CUBEもカーテンを開けると、昼と夜でがらっと雰囲気が変わる面白いギャラリーです。"間"というキーワードがうまく結びついた、ということでしょうか。
テ:その通りですね。去年の暮に蜷川実花さんの写真展があって、「写真を透過して見る光が綺麗だから、ぜひ昼に行って欲しい」と聞いたんですね。で、RING CUBEの話を聞いたときに、「じゃあ、ここで昼と夜の"間"が感じられる見せ方ができたらすごく面白いだろうな」と思ったんです。
移ろいゆくもの、距離感、ズレを楽しむのは日本的な美学、美意識だと思います。そもそも日本って間の文化じゃないですか。狭間とか間合いとか距離感とかを大切にしてきたと思うんです。その境界にある微妙なところに多くの意味があると。今回はそこにスポットを当ててみたかったのです。
ふ:なるほど、では特に見てほしいポイントもそういう"間"を発見するところでしょうか?
テ:そうですね、そういう意味では今回は少しわかりにくい写真もあると思いますよ。星空の下で踊り狂っている人とか・・・そういうちょっとしたミスマッチも楽しんで欲しいですね。それと、昼と夜でイメージが変化しますから、是非、昼と夜、2度足を運んでその変化を見ていただきたいと思います。
花の香りは、昼よりも夜がさらにいい。暗闇でほんのり月明かりに照らされる花々から匂う香りに包まれると、まるで夢の中にいるようだ。タヒチの写真展で飾りたかったけれどスペースの関係で飾れなくなるかも知れない写真。そのときのために紹介します。
■テラウチマサト的 写真との関わり方
ふ:写真表現の手段として、写真集、写真展、雑誌など色々ありますが、テラウチさんにとって、写真展というのは、表現の中でどのような位置付けになるのでしょうか?
テ:僕にとって写真展はライブ。だから開期の中でも変化を楽しみたいし、見に来てくれた人にもその変化を楽しんで欲しい。今、この場で呼吸しているライブ感を大切にしたいのです。今回の写真展は、1日の中での光の違いによる変化がテーマです。
ふ:ふーむ、見せる側と見る側の双方向のコミュニケーションが育っていく場というイメージでしょうか?それって、島と海、昼と夜と同じように、写真家と鑑賞者のコラボ、ともいえますね。
テ:まさにそういうことです。というか、僕は、写真展だけでなく、あらゆる作品の発表の方法の中でも同じようなことを意識しているんです。写真集を作らないか?というお誘いも受けますが、今はちょっと躊躇しています。写真集という一つのパッケージ化された作品の中でさえも、何かしらの動的なプレゼンテーションを含有させたいのです。なかなか難しいテーマなのですが、そこがクリアされたものであれば、ぜひチャレンジして考えたいと思っています。
ふ:ではテラウチさんが次に出す写真集にも目が離せませんね!
テ:いや、まだ予定があるわけではないので(笑)
こちらも写真展では飾れなかった写真。底抜けに楽しいタヒチの人の空気が撮れていると思ったけれど、他にもっといい写真があったからこれは控えた。
■フォトグラファーとプロデューサーとの間
ふ:写真家以外にも、雑誌編集発行、写真家発掘イベント"御苗場"、地方自治体とのイベントプロデュースなど様々な活動をされていますが、その活動源というか、パワーはどこからくるものなのでしょうか?また、どうやって思考を切り替えているのでしょう?
テ:いろいろなことをしてきたけど、原点は20代のときに「写真がうまくなりたい」と強烈に思った気持ちを忘れない、ということです。誰でも、最初にゴールを目指したときの気持ちを、時が経つと忘れてしまうものです。でも、いつでもそれを忘れないことで、今同じように思っている人たちを引き上げてやれる自分でありたいという気持ちにつながり、それが写真家以外の活動に結びついていると思います。
ふ:そのパワーを若い人たちは浴びて、元気になるのですね。
テ:そうだとうれしいのですが。でも、あと6年経ったら、僕は写真家に専念しようと思っているんです。
★GR BLOGスクープ!テラウチマサト引退宣言か!?
ふ:えーっ!そ、そんな突然、ここで電撃発表なんて!思いとどまってください(汗)
と言いつつ、テラウチマサトのその真意を知りたいです、なぜ?
テ:自分として、次のステップへ移りたい、原点である写真に集中してみたいということです。60歳までは今の自分を育ててくれた社会やこれから世に出てくる人々の力になることに取り組んでみたい、その後は自分の可能性をもう一度見極めていくことに集中してみたい、ということです。
ふ:戦略的というか、自分の人生のシナリオを自分でしっかり描きながら、日々取り組んでいるのですね、私などにはなかなかできないです、はぁ・・・
テ:大切なのは持続力かも知れません。それを去年、マラソンから学びました。瞬発的にがんばることは誰にでもできるのですけど、それを持続させることはとてもむずかしい。結局地道な努力を続けることが大きな成果を生みます。
ふ:地道に努力すればいい、というのは理屈ではわかるんですけど、実際なかなか続かないんですよね。モチベーションを維持し続ける秘訣は何ですか?
テ:「自分との約束を守る」ということですね。他人との約束は、メンツとか信用とかが後押ししてくれますが、自分との約束にはそういうものがないので、簡単に自分で自分に言い訳できてしまうのです。それに打ち克って「自分との約束」を守るという気持ちが大切なんじゃないでしょうか。
今回の写真展で展示する写真。GX200やキャプリオGX100、GR21でも撮影しています。
■良い写真とは何か
ふ:多くの方から聞かれると思いますが、「良い写真」を撮るには?
テ:まず、「良い写真とは何か?」を考える必要があります。これまで多くの考えが示され、時代とともに変化してきましたけど、今もう一度「良い写真とは何か?」を考えるときがきた、と思っているんです。価値観の多様化に伴って様々に提示された多岐にわたる写真の見方を、今、集約化する時期ではないかということです。
ふ:そんなことできるのでしょうか?どちらかといえば、今は、いろいろ意見があってそれでいい、というような風潮のように思えますけど?
テ:いえ、集約するというのはひとつの考えに整理統合してしまうということではなく、より上位の概念を形成するということなんです。時代に合わせて、発散し集約し再定義し、そしてまた発散していく、というプロセスを通して、文化というのは進化していくということです。その再定義の時期に今きているのではないか、という意味です。
ふ:なるほど。では、その中でテラウチさんの考える良い写真とは?
テ:「表現したくて、したくて、しょうがない気持ちを表している写真」です。今の驚きや感動を言葉にできない、それを写真にストレートにぶつけたものです。内から沸き起こる気持ちをぶつけたものということでしょうか。
ふ:確かに、「かっこいいのだけど、あまり心に響かない写真」ってありますよね。
テ:相手を感動させたい気持ちだけが前に出て、自分の気持ちが動いていないのに「傾向と対策」でシャッターを切っているからでしょうね。
ふ:私たちも、GR DIGITALで「うまい写真より良い写真」というキャッチフレーズで写真展をやらさせていただきました。とてもよくわかります。最近は、ストレートに心に響くような写真を撮る人は少ないのでしょうか?
テ:いえ、そんなことはないと思いますよ。以前は、被写体を対象化できなくて、自分もその心地良い空間に入って撮ったような、「なんとなくいいなー」といった写真が多かったと思います。でも最近はまた、対象物を外に置いて「これが表現したい!」という写真を撮る人が出始めたように思います。
ふ:そういう写真は、素人が見てもわかるものですか?
テ:例えば、よく「お母さんが撮る子供の写真が一番良い」と言いますよね。それは「いい写真を撮ってやろう」じゃなくて「可愛くてしょうがない」という、表現したいものが明確だからでしょう。ケーキが好きな人が写真を撮るときに、置き方やアングルを工夫して、なんとかうまく伝えようとする、そういう気持ちは写真に表れるんですよね。それは「誰でも撮れる写真」じゃないはずです。
■道具としてのカメラ
ふ:テラウチさんには、勝手ながら、写真を愛するが道具にはこだわらないという印象がありました。
テ:僕もそう思っていました。「カメラ好き」ではなく「写真好き」だと。でも、写真が好きだとその道具も好きになってきます。
ふ:それでは、良い道具とは?良いカメラとは?なんでしょうか?
テ:良い道具の条件は、買ったときの満足感よりも時間を経た後の満足感の方が大きいものです。本物とは、時の経過に耐えうる価値を持ったものだと思います。
ふ:GRやGXもそういう道具になれるように頑張ります!
テ:ファームのバージョンアップとかはそれに通じるものですよ、これからも期待してますから良い道具を作ってください!
■お気に入りの写真
時津風親方の襲名式に参加したときの写真。広角のGRD2のパフォーマンスの高さに感動しました。やっぱり機材も写真家の感性と同様に大事だ!
■取材を終えて
2月の写真展の話題に始まり、文化、写真、道具への考察や思いなど、次から次へと興味深い話が出てきて、予定の時間があっという間に過ぎてしまいました。
様々な活動を通してマルチな活動を続けるテラウチさんですが、その魅力は個々の足し算だけではなく、テラウチさんという人間の生きる姿勢・スタイルであるような気がしました。
そんなテラウチワールドの魅力に酔ったインタビューでしたが、みなさんにも少しでもその魅力がお伝えできたら良いのですが、いかがだったでしょうか?
自分も「地道な努力」を「自分に約束」して続けなきゃ、と意欲が湧いてきました。
突然の爆弾宣言も飛び出しましたが、どんなことをしていくにしても、いつも何か新しいことにチャレンジして私たちを楽しませてくれるスタイルに変わりはないと思います。これからも益々目が離せない!ですね。RING CUBEで始まる写真展も、そんなテラウチワールドに触れる絶好のチャンスとして益々楽しみになってきました。是非、みなさんもライブに参加する気持ちでお越しくださいね。一緒に楽しみましょう!
テラウチマサト氏略歴
富山県出身。日本実業出版社を経て1991年に写真家として独立。"その人に会ってみたい"というポートレイトや"そこに行ってみたい"という風景作品で知られる。米国マサチューセッツ工科大学で講演するなど海外からも高い評価を得ている。2000年、フォトカルチャーを提案する雑誌『PHaT PHOTO』を創刊。編集長兼発行人として写真雑誌の新ジャンルを確立した。2006年、原宿クエストホールにて屋久島・ニューヨーク・女優の写真を3つの空間に分けて展示する大規模写真展「QUESTION」、そして、2007年には横浜北仲WHITEの3フロアを使い、自身と14人の作家の作品を展示する「横浜写真アパートメント」を開催。最近は、若手写真家の登竜門となるイベント「御苗場」をプロデュースするなど、常に写真業界に新しい風を生み出している。 |
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