GRist 30 田中長徳さん
さて、2010年冒頭を飾るGRistは、いよいよ田中長徳さんの登場です!
実は、GRistの企画をスタートさせるときに、まっ先に、長徳さんが候補にあがったのですけど、でもそれって、あまりに期待通り過ぎるので趣向に欠けるんじゃない?なんて声もあったりして、あえて温存していたのでした。
で、ちょっと温存しすぎて、機会をうかがっているうちに4年が経ってしまったわけなんですけど(笑) やはりこの方がいなくてはこのGRistの企画も腰が据わらない、というか、どうも落ち着かない。そんなわけで、2010年年頭を飾るGRistとして、冷たい雨の降る2009年12月上旬に六本木ヒルズ49fを訪ねていきました。
■体の一部に飾り立ては不要です
社員N(以降 N):やっと取材させていただくことになりました、よろしくお願いします!
田中長徳さん(以降 田):はい、こちらこそ!
N:長徳さんにはフィルム時代のGRから愛用していただき、ありがとうございます。
田:はい、GRはもはや視神経の延長、体の一部です。
N:初代GR DIGITALをもって、長徳さんに「記録できる視神経」とキャッチコピーを付けていただきました。また、「視ること」と「思考すること」と「行動すること」が一体化したと言っていただいたことを、最高の褒め言葉として今でも大切にしているんです。
N:一方では厳しいご意見もいただいてきますけど(笑)、基本に戻って考えてみたくなるような、深いことが多いです。
田:厳しい意見なんて言った覚えはないのだけどねぇ、あ、初代GR DIGITALを見せてもらったとき、何かのパーティで、動画不要同盟を発足させたことはあるけど・・・GRはストイックで崇高なものでいい、そこに動画はいらないだろうとね。
N:あのときは、長徳さんの発案に、周囲にいた方々が次々と賛同したのには、ちょっと困りましたけど(笑) 福田和也さんたちと、ストラップレス・アナキスト同盟なども発足しちゃったり。僕も真似してしばらくストラップもレンズリングもホットシューカバーも全部外して使ってみたことがあります。なんだか、清々とした潔さが心地よかったです。
田:余計なもので飾らない方がカッコがいいのですよ。背伸びする必要なんてない。素顔が一番美しいのが本当の美人、化粧は美しさも隠すから。
N:フィルムのGRのときに、ホールディングは背面親指が重要。全面グリップ以上に親指の置き場所をしっかり考えるのがいい、という意見をいただき、ゴムのシートを貼ったのでした。その考えは、今でも踏襲しています。
田:ああ、そういうこともありました。あれは月島でお会いしたときですね。
■GRは舞台を記録する
N:以前、長徳さんが、"50mmは哲学者の眼"と言われていましたが、GR DIGITALの28mmという画角はなんでしょうか?
田:劇場の舞台を記録するのに、一番適しているのが28mmです。28mmは舞台を撮る眼といえる。一つのシーンを捕らえて、世界を俯瞰する。要するに「ディレクターの眼」。
N:21mmとか24mmではだめなんですか?
田:24mmは形而上的な世界を記録する眼になります。21や24はアングルを際立たせて、視点を強調するのにはいいけど、一歩間違えると、カッコつけた写真になります。その点、28mmは広いけどナチュラル。アングルでごまかせないところが良いのです。
N:28mmを常用とする写真家の方が多いのも、そういうことからなのかもしれませんね。
田:東松照明さんは、28mmは侍の視覚と言いました。28mm、50mm、105mmの3本のレンズがあれば世界が捉えられるとね。
■世界の果てはどこにある?
N:長徳さんは、GR DIGITALを「世界の果てまで持って行きたい」と言っていただきましたけど、今、世界に果てに持っていきたいカメラは何ですか?
田:まずですね、世界の果てというのは今いるここなんです。昔の人は、旅立つことから物語が始まった、今は日常が旅の中であり、そこに物語を作っている。だから世界の果てとは、決して遠い異国の地ではなく、今この瞬間、この場所なのです。
N:なるほど、そうするとカメラも、今毎日使っているものが、世界の果てに持っていくカメラになるのですね
田:そうです。そういう意味では、GR DIGITALIIIは、毎日の旅の友です。さ、今日はみんなで空樹(N註:東京スカイツリーの長徳さん流呼称)を見に、旅に出ましょうか(笑)
~この後は長徳さん引率で、六本木から押上へ(電車の中でも取材続行です)~
N:最近はCXも使っていただいています。GRの出番は減っている?
田:仕事ならCXが重宝します。東京の日常を記録するレベルではCX程度がちょうどいいんです。GRは、ちょっと一呼吸入れて撮りたくなるもの。
N:GRはどこに合いますか?
田:GRはパリに合うカメラ。もはや別の次元のものだから。思想的なものなんですよ。
N:長徳さんの本「GRDIGITAL ワークショップ 」の中で、"あとはライカの美学を学べ"と書かれていました。なかなかそこまではいけませんけど、スペックだけでない魅力が作れていければと思っているのです。
田:昔はフィルムを入れないライカ人類を批判したが、最近はそれでもいいと思っているのですね。ライカは愛でて楽しめる趣向品ですから。
N:刀が趣味の方は、たまに眺めて手入れすることで、楽しんでいる、そんな感じなのかもしれないですね。でも、GR DIGITALはこれからも現役でがしがし使ってくださいね!愛でるだけの嗜好品にはしたくないと思っています。
■スナップ写真の原点
N:コンポラ写真についてお聞きしたいのですが?
田:写真は、そのころ、写真術とか技術者とか、テクニカルなツールとして、思想、表現の下僕に位置づけられていた時代。そんな60年代に、リアリズム写真に対する否定的な立場から出たものです。写真は、その存在そのものでも表現できるということで、ストリートフォトグラフという言葉もありましたね。
N:写真表現のテクニックの否定、誇張や強調をあえてしない。以前、書籍で、「我々はゆるやかな路上の観察者」という表現を読みましたが、長徳さんの撮影スタイルの根底にも、それが流れていると理解していいのでしょうか?
田:スナップ写真でつまらないのは、いわゆる「予定調和」なんですね。たとえば街を歩くときは、自分の貧困な精神よりも、街のほうがその上を行っている場合があります。現実の風景の面白さを、そのまま受け入れることが街撮りの面白さではないでしょうか?
■カメラジャングル
N:ところでカメラは何台くらい所有しているのですか?
田:それが数えたことがなくてね、まあ、3000台ってことはないでしょうね・・・
N:1000~2000台程度?
田:いえ、それ以上は確実にあるという意味で・・・でもまあ1万台はないでしょうから、中をとって5000台ってとこでしょうかねぇ。
N:うーん、めまいがするけど、そのジャングルに入り込んでみたい気もします(笑)
■言葉と写真
N:最近は写真雑誌だけでなく、文学誌の連載など、益々文筆活動のほうもお忙しいようですね。
田:「新潮」で連載中の「屋根裏プラハ」では、最初は写真もつけようと思っていたのですけど、編集長から「文章だけで勝負してください」と言われましてね。今までは写真家の顔で文章も書いていたのですが、そういう意味では文章だけで勝負することを、今は楽しませてもらってますよ。
N:今度、「GXRワークショップ」(枻出版社)を出版していただけるとのこと。長徳さんの言葉は、私たちがどう伝えていいのかわからないことを、的確に、でも重苦しくなく洒脱に表現してくれるので、いつも楽しみにしています。
田:リコーさんとは長いお付き合いですが、正直言って、GXRの本体交換にはクラクラしました。写真撮影より、本体交換でいかに遊ぶか、これってまったく新しいカメラ遊びだと思います。そこらへんを重点的に書きましたので、是非お楽しみ!!
N:今年も、多くの写真と文章で私たちを楽しませてください。今日は、ありがとうございました。
~この後、南千住にある、映画のセットでは決してその味がでないような、良い感じの酒屋に突入したのでした~
カイロの2週間。ラマダンの後期に当たりました。2週間、アルコールから遠ざかっていたので久々に精神、視神経も覚醒しました。もうカイロ市内は人を案内できるほどに「通」になりました。楽しみと言えば、お茶を飲むこと。カイロのお茶はカイロの水で出来てます。すなわち「ナイルの水」。
田中長徳(たなかちょうとく)プロフィール
1947年東京生まれ。写真家、作家。 著 書 |
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