GRist 37 内田ユキオさん
今回のGRistは、写真家の内田ユキオさんです。
内田さんには、リコーフォトワークショップ2011にて、ご自身の出身地でもある新潟県でワークショップの講師をしていただきました。2011年度のリコーフォトコンテストの審査員も務めていただいています。
街も人もすっかり秋の装いとなった某日、小雨の降る少し肌寒い日でしたが、内田さんお気に入りの散歩道、早稲田~神楽坂を案内していただき、敬愛されている夏目漱石のことや、写真に対する思いなど、興味深いお話をたくさん伺ってきました。
内田さんが愛してやまないという夏目漱石ゆかりの地、早稲田に集合し、夏目坂や、漱石公園をお散歩撮影しながらのまったり取材となりました。
~まずは、早稲田通りから少し奥に入ったところにある"夏目坂"へ~
■撮影のモットー
社員N(以降 N):内田さんは、よくこういった「お散歩撮影」をされるんですか?
内田(以降 う):そうですね。カメラを持って散歩すると、いつもより好奇心が掻き立てられる気がします。新しい発見もあるんですよ。ただ歩いていたらきっと素通りするような裏路地や看板なんかを発見したりして。(といいながら夏目坂をパシャリ。)
N:お一人で?それとも今日のようにワイワイ?
う:ひとりでぶらぶらする事が多いですけれど、こうやって誰かと一緒に歩くのも楽しいですよね。色々なことが再確認出来るというか。「自分から決めるのではなく、べつの用事のついでくらいが、いちばん写真を撮るのが楽しい」が僕の撮影のモットーなので。他人の散歩に付き合うぐらいの方が心地よかったりするんです。
N:なるほど。さきほどから、そんなにバシャバシャ写真を撮っている様子がないのですが、いつも枚数はそんなに撮られないのでしょうか?
う:今日は撮影じゃないっていうのもありますけど、撮影でも一日に20~30枚しか撮らないこともありますね。もちろん、プロですからコントロールも出来るんですけど。同じところで何枚も撮らないし・・・。5分、10分と、シャッターチャンスを待っている間に気持ちの部分が離れていってしまうので、ちょっと待ってダメならやめることも多いです。
~つづいて、漱石が晩年をすごしたとされる漱石山房の跡地、漱石公園へ~
■作家、夏目漱石
う:ここは僕の特にお気に入りの場所です。ほら、ここの看板に、「明治の文豪、夏目漱石が晩年を過ごした家、漱石山房」、とあるでしょう。渋いっ!(といってまたパシャリ。)
N:漱石を敬愛している、とお聞きしましたが、彼の作品や生き様のどんなところに惹かれるのでしょうか。どこか、ご自分の写真のスタイルに通じるところがありますか?
う:よく三島由紀夫のファンじゃないのって言われるんですよ。身体を鍛えているからかな。でも僕の「ユキオ」って本名ですから(笑)。それはいいとして漱石ですね・・・、彼のすごいところは常に新しいものに挑戦していること。作品を見ても、ひとつとして同じ作風のものがないんです。前作がどんなにいい出来でも、今の自分に意味がないと思ったら思いっきり捨てる。作家活動の中で同じ作品の焼き直しはありません。僕もそんな風になりたいな、と思います。
N:なるほど。オススメの作品はありますか?
う:それ、いろんな人から聞かれるんですよね(笑)「こころ」や「坊ちゃん」などは皆さんご存知だと思うんですが、写真といちばん関係が深いなら、なにはなくても「草枕」ですね。
N:「山路を登りながら、こう考えた」、という一文で始まるんですよね。写真とどんな関係があるのでしょう?
う:小説のかたちをしていますが、漱石の芸術論です。どこから読んでも、どんなときに読んでも、新しい発見があります。とくに冒頭のすごく有名な書き出しに続いて、「どこに行っても生きにくいことを悟ったとき、詩が生まれて絵が生まれる」というところは、読むたびに心が震えます。喜びから生まれる芸術は素晴らしいですけれど、失望や挫折を支えてくれるものでもあるんですね。つらいときのほうがユーモラスだったというのも漱石を尊敬している点です。
~お散歩を終え、カフェで一休み~
■写真家を目指したきっかけ
N:色々な場所を案内していただき、ありがとうございました!さて、ここからはちょっと話を昔に戻して、内田さんが写真家を目指したきっかけを教えて頂けますか?
う:きっかけ...ですか。もともと兄の影響もあって、小学生の頃からカメラには触っていたんですよ。
N:お兄さん、カメラが趣味だったんですか?
う:そうですね。兄とは結構年も離れていて。ちょうど僕が小学校5年生のころ、友達と殴り合いのケンカをしたことがあったんですね。そのときに兄は、「カメラを与えて、何か一つのことに没頭させておけば、グレないだろう。」って思ったみたいで(笑)カメラを一台くれたので、しょっちゅう撮っていました。
N:小さな頃からずっと写真家になりたいと思っていらしたのですか?
う:うーん。そうですねえ、あこがれはあったと思います。ただ、卒業後はすぐ公務員になりましたから。趣味で続けていくつもりだったけれど、バンドやったりして、カメラのこと忘れていました。
N:では、どうして公務員生活を送る中で、「写真で食べていくぞ!」となったんでしょうか?
う:公務員をやめる数年前に、病気を患って、医者には「もしかすると危ない」って言われたんです。それから、「悔いのない人生を送りたい」って強く思うようになりましたね。で、昔から写真と同じぐらい、「書くこと」も好きだったので、当時イギリスの航空会社が主催していたエッセイコンテストに応募してみたんです。そしたらグランプリを頂いて。賞品がロンドン旅行だったんですけど、そこで撮った写真をカメラ雑誌に持っていったことが、写真家になるきっかけになりました。
N:最初は公務員と掛け持ちで?
う:いえいえ! えいっとやめました。退職金で一眼レフを二台だけ買って。でも、やめて一週間で後悔しましたね(笑)。コネも実績もない、と気づいて。今となっては、当時の勇気とか無謀さには我ながら感服します(笑)
■最近の写真を見て感じること
N:内田さんは、近年フォトコンテストの審査員や、ワークショップの講師としてもご活躍されていますが、最近の写真好きな方達を見ていて、なにか感じる事はありますか?
う:いちばん感じるのは、心より先にシャッターがあるみたいなところ。「何気ないものを、それとなく撮りたい」みたいな事を言う方が多いんです。でもそれって、よく考えたら結局「何もない」ってことですから。「どうしてこの写真を撮ったの?」と聞いても、「別に...」って。モチベーションがふわっとしてるんです。言葉にできないから写真に撮るってことはあるんでしょうが、心が動いていないのにシャッターを切っているものも多い。そういう風にして撮った写真って、どこか「独り言」っぽいんですよね。
N:確かに、「難しいことを考えるのはキライ、でも難しい雰囲気はスキ」、というような傾向はあるかもしれません。
う:たぶん写真は皆さんが思っているよりも、もっともっと素敵なものです。たった10cm角度や距離が違うだけで違う世界が見える楽しさ。そして、あんなに簡単に撮れるものが人を動かす力を持っているということを感じて欲しいですね。できれば「誰かに何かを伝える」という意識を、心のどこかに持って。
N:GR SNAPSIIで写真を撮ってくださった時、「あなたにとって写真とは?」という質問に、「最高に凝縮された言語」という風に書かれていました。
う:そうなんです。写真は、言葉の代用品なのではなくて、むしろ言葉にしきれないものを表現してくれるものだと思っています。言葉にするってことは割り切るってことだから。たとえば2枚の写真があって、その違いが、撮影の際の迷いや心の揺らぎのような微妙な手振りの差だけだったとしても、伝わることってきっと変わると思うんです。とすれば、写真から読み取れることって、とっても多いんですよ。皆さんには、もっと写真を「見て」、そして写真を「見せて」ほしい!と思います。
■カメラに要求すること
N:内田さんにとって、優れた道具とはどのようなものでしょうか?
う:「良いフィードバックがあること」。これに尽きます。性能や機能は、もちろん高ければ高いに越したことはないですが、妥協出来るものもあります。それよりも、持っているだけで気持ちの良い道具というのは、それだけで「お前をずっと使ってやろう」という気分になる。GRにはそのフィードバックがあると思っています。
N:具体的には、どんなところでしょう?
う:元来、大きいカメラは好きではない、ということもありますから、まずはGRのサイズそのものですね。あとは環境に対する影響が少ない、というところでしょうか。カメラって環境の中で問われるものだと思うんです。被写体もカメラを見ていますから、カメラが被写体に与える影響も少なくありません。GRは動作音やシャッター音が気になりませんね。そういう、環境の中で美しいカメラが理想です。
N:なるほど。サイズや音の大きいカメラは、被写体はもちろん、周辺の方にも威圧感を与えることが、ままありますよね!では、最後に、内田さんがGRを持って旅をするとしたら、どこを選びますか?
う:三つあります。まずはロンドン。ロックバンドをやっていたので、永遠のあこがれの地です。
N:初めて海外旅行に行かれたのも、ロンドンでしたね。
う:はい。行くだけで初心に帰れる気がします。次がベルリンです。理不尽なほど惹かれるのに理由がわかりません。「なぜ好きなのか」、それを徹底的に探る旅を一度してみたいです。そして最後に、生まれ故郷である佐渡。自分に向き合いながら、ゆっくりかけて回りたいですね。生きているうちに一度はしっかり撮る責任があるかも、と思っています。
N:そのときには、ぜひGRを持って行ってください!本日はお忙しい中、本当にどうもありがとうございました。
■お気に入りの一枚
「どうして前から顔を撮らないの?」と聞かれることは多い。声がかけられないわけでもないのに、と。
でも、後ろ姿は封が開いていないプレゼントであり、受け取る側が自由に想像を膨らませることができる。期待が高すぎたとしても、決して裏切られることはない。
写真のなかに扉があれば、見る人が開いて中に入り、本が写っていればそのページをめくれる。写真を見て、読んで、聴いて、食べて、そのなかを歩いて......といったふうになれば素敵だと思う。
■取材を終えて
内田さんの、写真はもちろんのこと、音楽や映画、文学など、様々なジャンルへの知識の多さには驚くばかりでした。さすが、ワークショップの講師を数多く務められていることもあり(?)、私たちのどんな質問に対しても、物腰の柔らかな口調で、丁寧に、そして熱く語ってくださいました!「きっと誰かと思いを共有したいんでしょうね。」とおっしゃる内田さんの姿が、非常に印象的でした。
内田さんに審査員を務めていただいた2011年度リコーフォトコンテストの発表は10月末の予定です。こちらもお楽しみに!
1966年新潟県生まれ。公務員を経て、1995年に写真家として活動をスタート。
タレントやミュージシャンなどの撮影を行うかたわら、モノクロによるスナップ作品も多く発表。執筆も手掛けており、カメラ雑誌や新聞などに寄稿している。著書には「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」(ともにエイ出版社)などがある。近年は写真教室の講師など、写真文化活動も精力的に行っている。
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