GRist 42 市川泰憲さん
こんにちは、みにゅう です。
今回の GRist は、月刊「写真工業」誌の編集長の後、日本カメラ博物館運営委員をされている市川泰憲(いちかわやすのり)さんです。
日本、いや世界のカメラ史と技術に詳しい市川さんを日本カメラ博物館に訪ね、展示された数々のカメラに囲まれてのインタビューとなりました。
みにゅう (以降 み): 写真撮影を始められたきっかけは?
市川 (以降 市): 小学生の頃、家に「スタート35」(1950年、一光社)というカメラがありまして、それで撮り始めました。このカメラ、ボディはベークライト製で、まぁおもちゃみたいなものですが、まだカメラが高価で一般的ではなかった時代に安価な機種として大ヒットしたものでした。
僕らの年代では、このカメラで写真を始めたって人がけっこう多いんですよ。
み:大学卒業後はすぐに「写真工業出版社」に入られたのですか。
市:大学では写真の現像理論と画像処理の研究をやりまして、卒業時に先生の勧めでそうなりました。
み:光学機器や写真メーカーではなくてマスコミというのは珍しかったんじゃないですか。そういう素質を見抜かれていたんでしょうか。
市:先生にどういう意図があったのかはわかりませんが(笑)、おかげさまで入社してから最後まで(「写真工業」は2008年休刊)勤めることになりました。肌にあっていたんでしょうね。
仕事・生活の一部としてカメラと一貫してつきあって来れたのはありがたいことだと思っています。先生には感謝してますよ。
み:写真工業というと、内容が技術寄りでマニアックな雑誌という印象があります。
市:この雑誌は、もともとメーカーや技術者の情報交換を目的に創刊されたので、内容は専門的な性質のものが多いですね。次第にアマチュア向けの記事も多くなりました。
み:写真工業から日本カメラ博物館に移られて、どういう変化がありましたか。
市:写真工業の後、関係者からの多数の希望があり、ブログを始めました。
写真工業の編集者というと、カメラを磨いて眺めてるような印象を持たれるらしく悔しいのですが、写真は撮って楽しまなくちゃ、と思っています。
私は手にしたカメラは自分で撮影して、プリントして画質評価し、それで思ったことを書く、というスタンスでやっています。
おかげさまで1日に600人もの方が見に来てくれて、ありがたいです。
■初めてのGRの印象は
み:初めてGR(銀塩フィルム版)を手にされたとき、どのような印象でしたか?
市:フィルムカメラでGRの前からR1を気に入ってよく使っていました。そしてGR1が出た時は良く写るって評判になりましたね。
高級コンパクトカメラというものが出始めた時期で、特集で何回も取り上げました。
最初はすこし時間がかかりましたが、「高級コンパクト」というジャンルを確立した機種として評価されていいと思います。いまやGRは確固とした地位を築いていますね。
み:以前、GRの写真展「The Independent GR」(ギャラリーメスタージャにて2009年2月開催)を企画、主催していただきました。
市:当時は今ほどGRがブランドとして出来上がっていない頃だったし、こんな小さいカメラで写真がもっと楽しくなることを、もっと多くの人に知ってもらうのには、写真を集めてみるのが面白いかもしれない、と思って企画したんです。
み:参加者の方々を見ると市川さんのネットワークの広さが見えて面白かったし、一つ一つの作品もとても素晴らしいものばかりでした。細江英公さんが初めてデジタルでとった作品を出品されていて驚きました。
市:僕の周りでGRを使っている人が多いので、声をかけて即実現できました。一応言っておくと、リコーさんから頼まれたわけでもないし、協賛もしていただいてません。だから「The Independent」なのです。そのIndependentはわれわれの立ち位置とカメラのポジションを引っかけたのです。あ、オープニングパーティーでは差し入れのワインと菓子をいただき、ありがとうございました(笑)。そういうことをしてみたくなる魅力があるんですね、GRには。
み:また、ぜひ機会があれば実現して欲しいです! (当時の写真展のレポート デジカメWatchの記事)
■コンパクトカメラの今後
み:ケータイ、スマートフォントやタブレットでも写真が撮れるようになって来ましたが、「コンパクトカメラ」はこの先どうなっていくんでしょう? 淘汰されていく、という人もいます。
市:言わんとすることは分かるけど、それは違うんじゃないかって思うのです。
コンパクトカメラで写真展が開けるほどの画質というのは、GRで初めて可能になったのです。こういうカメラがあって、ケータイで撮れる写真とは違うんだよ、という価値をもっと提案していかなきゃいけないと考えます。
私の考えとして「写真」の原点は紙に印刷してじっくり見るもの。凝視にたえるクオリティを持っているべきだと思っています。
背面モニターやWebに表示してそれで満足して終わり、というものじゃなく、目的が違うのです。
フィルムカメラだと「四つ切り」サイズ、デジタルカメラなら「A3ノビ」サイズにプリントしてみないと、いい画質かどうかは分からないですね。プリントして、自分の眼で見て確かめる。そういう姿勢が大事だと思います。
み:銀塩(アナログ)とデジタルで画質の違いはありますか。
市:画質については今やデジタルもアナログも歩み寄って、もうどっちがどっちだかわからないし、どちらがいいとは言い切れません。
入力ソースに差がないというのもあるし、最終出力も銀塩プリントなのかインクジェットプリントなのか区別がつきません。
■プリントするプロセスを楽しむ
市:高校時代から自宅に暗室を作って、自分で焼いていました。カラーもやってたんですよ。撮影後、自分でプリントして楽しむ時代があったのです。
でも、カラーフィルムの時代になってから、現像・プリントというのは業者が行う産業になって一般ユーザーの手からは離れて行きました。
それが、カメラがデジタルになって、プリンタが安くなって、今再びユーザーがプリントのプロセスを楽しむことができる環境ができたと思うのです。「明るい暗室」なんて言い方をするんですが、PCとフォトレタッチソフトがあれば、暗室や大がかりな機材なしに自分の思うままに仕上げることができますから。
写真を撮ることはもちろん楽しい。でもプリントする楽しみももっと知ってほしいと思いますね。家庭にあるプリンタがお正月の年賀状作成にしか活躍しない、というのはもったいないです。
長期間の保存という観点からも、きちんとプリントしたものは色もあせないし、最も高画質で残せる手段だと思います。
■最近いいなと思うこと
み:最近のカメラ業界の動きとして、これはいいなという話題は何ですか。
市:ここ数年、リコーのGXRを含む、オールドレンズが使えるミラーレスカメラが各社から発売されて、その辺が個人的にはとても面白いと思ってます。
市場でも人気があり、その影響で中古レンズ市場やマウント変換アダプタ産業が活況になっています。

市川さんお気に入りのカメラたち。左から LEICA M6, GR DIGITAL IV, LEICA M9, GXR + A12 Mount
■GRに求めること
み:GRで撮影する際のコツは。
市:GR DIGITALを持ってから、これまでになかったスタイルで写真を撮るようになりました。
首にかけたストラップをぴんと前方に張ると、ブレが起こりにくくていい。一眼レフと違って、ファインダーをのぞく必要がない。だってファインダーが無いでしょう(笑)、デジタルならではの撮り方です。
あと、首から提げたGRをお腹のあたりに押さえつけるようにしてノーファインダーでシャッターを切るというのも、写真を構えて撮る威圧感のようなものがなくて、場合によっては有効です。
そういうことができるようになって、撮り方が広がりました。
み:設定は変えますか。
市:カメラの設定は変えないですね。この種のコンパクトは変える必要が無いのです。デフォルト設定でシャッターを切るだけで、綺麗に写るのです。
写真の基本の、ブラさない、ピントを合わせる、ということを大事にして撮れば良いと思います。
み:今後GRに求めることはありますか。
市:GRは「変わらないところ」がいいんですよ。
GR DIGITAL II も IV も同じデザイン、同じ操作性で同じように撮れる。
確かにちょっとづつ進歩していてレンズが明るくなったりはしているけれど、もともとスジとしていいものを持っているのです。
そしてこれで写真展が開けるクオリティのものが撮れるということが変わりない。
変わらないでいいんじゃないでしょうか。
み:どうもありがとうございました!
■お気に入りの1枚
【作品コメント】 2000年の始めごろから時間を見つけては沖縄に通って写真を撮っていました。当時はもっぱらフィルムカメラでしたが、デジタルカメラがそれなりの画素数をもつようになってからは、手軽さからいつのまにか主流はデジタルになりました。
そして首から提げられるGRデジタルを手に入れてからは、一眼レフやライカでは撮れないアングルの撮影技法を自分なりに見つけだし、いくつかお気に入りのカットをものにすることができたのです。
写真は沖縄本島「糸満の公設市場」での1枚ですが、沖縄らしくチャンプルな感じが好きです。すでにそれらをまとめて『僕の沖縄』というテーマで2回ほど小さな個展を開きましたが、そのなかでもお気に入りのカットです。
カメラ:GR DIGITAL II、絞りF2.8・1/125秒、ISO100、撮影:2008年5月8日
■取材を終えて
写真誌の元編集長ということもあり、しっかりとした口調で楽しげに話される方でした。
ここには書ききれませんが、新旧問わず広く深くカメラの話題があふれ、インタビュー後のランチの時間も楽しくお話を伺うことができました。
日本カメラ博物館は貴重なカメラや懐かしいカメラがありとても楽しいところでした。ぜひ一度行ってみてください。市川さんがいらしたら、BLOG見ましたと声をかければ手があいている時はお話してくれるかもしれません。
■プロフィール
市川 泰憲(いちかわ やすのり)
1947年東京生まれ。小学1年生の時、父親にボルタ判カメラ「スタート35」を与えられて以来、中学・高校・大学と写真部に所属。
1970年東海大学工学部光学工学科卒業。同年写真工業出版社入社、月刊「写真工業」編集長を経て、2009年より「日本カメラ博物館」に勤務しながら幅広い写真活動を続ける。日本写真協会、日本写真芸術学会、日本写真学会会員、東京工芸大学芸術学部写真学科非常勤講師。雑誌時代の多くの元愛読者に押されて、ブログ「写真にこだわる」を発信中。自分でいろいろと実体験した写真と文を紹介するのをモットーとしている。
ブログ 「写真にこだわる」 http://d.hatena.ne.jp/ilovephoto/
日本カメラ博物館 http://www.jcii-cameramuseum.jp/
過去の記事
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