私は長年、広告写真家として主に人物撮影に携わって来た。仕事を始めた当時は当然フィルムでの撮影に加えデジタル修正もない時代で、肌の荒れたタレントを撮る場合などは相当な苦労をした。様々な機材や手法を用いた結果、4×5のカメラで開放に近い絞りを選んでまつ毛だけにフォーカスを当て、前後を柔らかいぼかしで撮ったことを思い出す。その仕上がりがクライアントの宣伝部長に激賛され、その後の私の表現方法の一つにもなった。今回のレンズ「HD PENTAX-D FA^★85mmF1.4ED SDM AW」はまさに私の表現の大いなる手助けとなるレンズと言えよう。開放ではあまりにも浅いフォーカスゆえ、まつ毛にフォーカシングすると瞳は少し甘いフォーカスになる程で大変驚き、F2に絞ることで絶妙なフォーカスと素晴らしいボケ味をもたらした。また、フレアに強いレンズということで画面ギリギリに逆光のライトを置きモデルのタッチライトとして当ててみたのだが、しっかりした黒いコスチュームのディテールにフレアが入らず圧巻の描写力である。また、赤いコスチュームの写真はモデルに光を当てず黒バックのさらに後ろに設置した白いホリゾントに当てた光の漏れのみで撮ったものであるが、そのわずかな光を拾い上げてくれたことで繊細で柔らかいライティングとなり、美しい描写をしてくれた。ポートレート作家にとってまさに強力な武器となるレンズである。

85mmの焦点距離といえばポートレートで最も多く使われるレンズだが、今回はライフスタイルやスナップショットなど、被写体と近接した距離感と、絞りを開け気味の条件で撮影した。「HD PENTAX-D FA^★85mmF1.4ED SDM AW」を使った印象は、キレのある解像感と美しいボケ味が両立した描写の素晴らしさ。絞り開放でも合焦部のシャープな解像と、なだらかなボケ味がとても魅力的で立体感にあふれる表現をしてくれる。絞りを絞っていくとさらに解像感が増していくが、決して線が太くて硬くはならずに被写界深度が深くなっていくのみ。絞り値の変化による緻密で繊細な表現が楽しめる。またメリハリのある高いコントラストと色乗りのよい発色性、微妙なグラデーションを表現する階調性も魅力だ。明暗差の大きい逆光でもゴーストやフレアがほとんどなく、被写体のエッジに発生しやすいフリンジも非常に低減されている。オートフォーカスは高速でスムーズな動作で精度も高く、なおかつ作動音を感じない静音性を備えている。被写界深度が浅い絞り開放では、マニュアルフォーカスに設定してピント位置をシビアに追い込んで撮影したが、フォーカスリングの幅が広く、なめらかな操作感で、素早く確実なフォーカシングが可能だった。ポートレートはもちろん、風景や日常の光景など、あらゆるジャンルで写真表現を楽しめる、徹底した高画質と優れた性能を持つレンズだ。

僕にとって未体験のゾーンへと導いてくれた「HD PENTAX-D FA^★85mmF1.4 ED SDM AW」は、写真家の創造的思考を刺激する珠玉のレンズだ。自然風景のフィールドへと持ち出し、あらゆるシーンを本気で撮影してみた。モチーフは硬い岩石から柔らかな花びら、変幻自在の水の姿まで。形や質感はさまざまで、それらを照らす光線状態もいろいろ。千差万別の撮影を強いられるのが自然風景であり、最高の一枚を撮るには、すべてにおいて高い次元にあるレンズの力が必要だ。絞り開放からシャープネスは高く、ボケはなめらかなでとても美しい。そして、気持ちよいほどクリア。結ばれる像はどんなときも安定している。ズッシリと重みを感じるレンズだが、生まれてくる写真は空気までも写し出すように繊細で、自分の眼で見た以上のリアルな描写に誰もがうっとりするだろう。自然風景の撮影ではズームレンズを用いることが多いが、F2.8より2段も明るい、絞り開放F1.4だから被写界深度が極めて浅い。フットワークを活かし撮影距離を探ることで、85mm特有の深度表現を得ることができる。流れる時間の一瞬をすくうような感覚や、無音の響きに包まれる静寂感など、ただリアルな描写再現を超えた別世界に踏み入ることができる。