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町家で暮らす日々 26
写真と文 = 水野歌夕

井戸

私の住まいは「町家写真館」という写真のギャラリーを開設していて、一般の方が予約制で見学出来るようになっている。そこに時々小学生がやってくるのだが、子ども達(たち)は決まって通り庭の台所にある井戸を指差し「あれは何ですか」とたずねる。私はその問いに答えながら、昔は家々にあたりまえのようにあった井戸も、今ではすっかり珍しくなったのだなあと少し寂しくなる。子どもは井戸だとわかると今度は「水は出るんですか」とたずねる。そして「出ますよ。試してみる?」と言うと、喜んで挑戦してくれる。

手押しポンプは結構重いから、子どもの力では思うように動かない。最初はこつをつかめずに「おも~い。出ない」と言っているが、「なんだ、なんだ」と数人が集まってきて、嬉(うれ)しそうにがちゃがちゃやっているうちに、水は地下十数メートルから徐々に管を上がってくる。ようやくちょろちょろと出始めた水に「わー、出た出た」と歓声が上がる。そんな様子が微笑(ほほえ)ましくてこちらまで嬉しくなる。

「触ってみて、井戸水は水道水と違って冬は温かく、夏は冷たく感じられます。なぜだかわかるかな?それは、地下水の温度は一年中ほぼ一定だから。昔は冬場の炊事、洗濯に大助かり。夏場には冷蔵庫のかわりにジュースやスイカを冷やすなど、とても便利だったんです」と、つい説明にも熱が入る。井戸に限らず、町家にある神棚やおくどさん、階段箪笥(かいだんたんす)に柱時計、火鉢に蓄音機に、黒電話。少し昔の生活道具を、きょろきょろと興味深げに見つめては、質問してくれる子ども達との触れあいは楽しい。そんな時、町家を残して良かったとしみじみ思う。

みずの・かゆう
写真家、エッセイスト。1969年京都市生まれ。佛教大学文学部史学科卒業。京都現代写真作家展において大賞、準大賞、優秀賞を受賞。2001年から一年間、京都新聞に写真とエッセイ「京都ろーじ散歩」を連載。初の写真集「京の路地風景」(東方出版)が好評。水野克比古フォトスペース「町家写真館」館長。
   
 
 
ハンドルを上下させる際に、がちゃがちゃいうのでガッチャンポンプの愛称がある最も一般的なタイプの手押しポンプ。同じ町内に住む二人は、ポンプの操作がとても上手で、勢い良く水を出してくれた。
 
母屋の井戸に残された釣瓶(つるべ)用の井戸桶(おけ)。長い年月、使い込まれるうちに木がやせるため、何度も修理の痕(あと)がある。ガッチャンポンプより古い時代の生活感が感じられて、また違う趣がある。
 
ご近所の方に頂いた井戸に落ちたものを引っ掛けて取る道具。長い縄の先に船の錨(いかり)のようなかぎ爪(つめ)がついている。水に沈むようになっているから、見た目より重量がある。