私の先祖が暮らした歯舞群島の中の志発(しぼつ)島。現在はロシアの実効支配下にあり、75年の時が過ぎた。あまりにも長い時間が経った。 私は先祖の島のことを知りたい、自分のルーツを知りたいと思った。2019年より始めた元島民の記録。その記憶の欠片が集まると私の祖父の記憶に繋がるのではないかと思っている。 元島民の人々に会うことはもう一度、祖父に出会うためでもある。現在、北方領土と呼ばれる島々で生活した人々のポートレイトを中心に2020年10月、 墓参ができなかった元島民が参加した航空機慰霊などの写真、現在生活している場所の風景など約30点展示する。(元島民はモノクロ、他カラー)
リコーイメージングスクエア大阪
「島々の記憶 -色丹・国後・歯舞・択捉 原風景を巡る旅-」
山田淳子
作者 | 山田淳子 |
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写真展 | 「島々の記憶 -色丹・国後・歯舞・択捉 原風景を巡る旅-」 |
会期 | 2021年9月2日(木)~9月13日(月) |
時間 | 当面の間、10:30~17:30までの短縮営業(最終日16:00終了) |
定休日 | 火曜日・水曜日 |
入場 | 無料 |
会場 | リコーイメージングスクエア大阪 ギャラリー |
連絡先 | 〒540-6591 大阪府大阪市中央区大手前1-7-31 OMMビル1階MAP ℡ 0570-007996(ナビダイヤル) 担当:伊藤 |
作品コメント
北方領土と呼ばれる択捉・歯舞・色丹・国後島には昭和 20 年時点で約 17,000 の日本人が暮らしていた。現在、当時島で暮らしていた元島民の数は、 6,000 人を切っている。
76年という月日は長く、島に帰りたいと願いながら多くの島民が亡くなっている。曽祖母が生きるために渡った島。祖父がお腹の中にいた明治43 年に曽祖父が海の事故で亡くなり、
曽祖母は女手ひとつで祖父たちを育てた。海の豊富な海産物が私たちの血を育んでいる。私は島のことを知るために元島民の人々を記録している。それは私だからできること、
記録なのではないかと思っている。この血の中に流れる血、それは島があったから繋がっている。私が写真を撮ることで、こういう島があった事実と何かを考える契機になればいいと思っている。
山田淳子
作者プロフィール
1982年富山県生まれ
2006年京都府立大学大学院 文学研究科 修士課程 国際文化学科 東アジア文化交流修了
2017年から2019年まで北海道の北星学園余市高等学校の存続応援写真プロジェクトに関わり、存続応援写真冊子「いまを、生きる−北星学園余市高等学校」の編集および写真展の企画に携わる。
2019年4月より市ヶ谷カロタイプ主催の赤城耕一氏、戸澤裕司氏のワークショップの助手として活動する。
写真展
2018年2月 グループ展「SHKAKU」にて北方四島回顧シリーズ「流浪」 ルーニィ247・ファインアーツ
2019年2月 「島々の記憶—色丹・国後・歯舞・択捉 近くて遠い故郷 私の血が繋ぐものがたり」ルーニィ247・ファインアーツ
2020年11月 「島々の記憶—色丹・国後・歯舞・択捉 近くて遠い故郷 私の血が繋ぐものがたり」ベルクラシック甲府
2021年1月 「島々の記憶—色丹・国後・歯舞・択捉 近くて遠い故郷 私の血が繋ぐものがたり」ギャラリー・ソラリス
2021年2月 「島々の記憶-色丹・国後・歯舞・択捉 原風景を巡る旅-」 リコーイメージングスクエア東京 ギャラリーR