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K-3 Mark III Impressions

大門 美奈

今回の旅で思い出すことは、私が宿泊したゲストハウスの斜め向かいのバー、「夭夭亭」(ようようてい)
での一夜である。
村上へ向かう数日前、伯母が他界した。またその前の週、インドの聖地ベナレスにあるという死の間際の人々が最後の数日を生きる家の写真を見る機会があり、普段よりも死を間近に感じていた。村上では2泊3日の短い滞在だったが、村上を去る前の晩、夭夭亭に立ち寄ったのである。
店に入るとずらりボトルが立ち並ぶ壁を背にご主人が笑顔で迎えてくれた。一杯目はおまかせで、と頼むと淡いグリーンのカクテルが。「雪国」である。ウォッカベースの美しいショートカクテルだ。

smc PENTAX-FA 31mmF1.8AL Limited F1.8、1/60秒、-0.7EV、ISO2000

私が撮影で村上に来ている旨を話すと、どうぞ自由に撮っていいよと快く応じてくれた。ご主人はインドへ何度も訪れ、私も知る写真家と共に旅したこともあるらしい。自称インド研究家というご主人、髙木さんのインドでの話を聞いていると、やはり人の死について思いを巡らせてしまう。翌日は朝一番の電車で帰宅し、伯母の葬儀に出る予定だった。

ペンタックスカメラには思い入れがある。
他界した伯母が「荷物持ちで来ない?」と、まだ学生だった私をスペインへ連れて行ってくれた。そこですっかりスペイン、特にアンダルシアの虜になってしまった私は、翌年卒論を書くという名目でペンタックスのフィルム一眼レフ、MZ-3を手に再びスペインを訪れたのだった。私にとってはMZ-3がはじめて手にした一眼レフであり、ほんの10年前までは私のメインカメラだった。スペインをはじめどこへ行くにも肌身離さず持ち歩いていた愛用のカメラである。ペンタックスはMZ-3以来、途中K-7を使用していた時期もあったが、やはりペンタックスカメラのシャッター音は非常に心地よく感じる。

K-3 Mark IIIの特色はなんといっても明るくクリアな光学ファインダーだろう。ここ数年はミラーレスかレンジファインダーカメラを使用することが多かったため、ファインダーを覗いたとおりの結果が得られることが新鮮に感じられた。写真を撮り始めたときの気持ちを覗き込んでいるような心地がした。

smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F1.9、1/200秒、-0.3EV、ISO200

クリアなファインダーは撮影にストレスを感じることなく、撮影行為そのものを楽しむことができる。K-3 Mark IIIで撮影すると思わず被写体に近づきたくなってしまうのは、このファインダーによって得られる没入感に依るところが大きい。

村上は以前から一度撮影に訪れてみたいと思っていた場所だった。折しも季節は晩秋。村上ではちょうど塩引き鮭が家々の軒先に吊るされるベストシーズンだろう、と想像を巡らせていたところ、たまたまSNSで村上にあるゲストハウスの情報が流れてきた。そういえばK-3 Mark IIIには「対話するように撮る」というキーワードがあったはず。私は普段からスナップをメインに撮影をしているが、地元の方とより近い距離で撮影を楽しみたい、ならば民家にお邪魔するのが良いのではないかと思い、早速オーナーにコンタクトを取った。

村上では2004年から「むらかみ町屋再生プロジェクト」という活動が行われていて、実際に住人が住む町屋を見学することができるのだという。ゲストハウスのオーナー、高橋さんの案内のもと何軒か見学させて貰ったが、いずれも快く撮影に応じてくれ、貴重なお話を伺うことができた。

たとえば塩引き鮭で有名な「きっかわ」では店の奥で実際に鮭が吊るされているのだが、よく見ると腹を全て開ききらず、切れ目が2箇所に分けられている。これは「止め腹」と言われ、切腹を嫌った城下町村上特有の加工法なのだとか。

smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F1.9、1/320秒、-0.7EV、ISO200
smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F2.2、1/50秒、-1.0EV、ISO6400

また、江戸時代からあるという染物店「山上染物店」では、村上市の特産である村上茶を使った草木染に使用する茶殻を町内の茶屋から仕入れ、染めた生地を乾燥する際には同じく町内の木工店から仕入れたおが屑を使用し、残ったおが屑は茶畑に使用されるというお話を伺った。近年サスティナビリティの重要性が叫ばれているが、ここ村上ではとうの昔から実現されていたのである。

smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F1.9、1/80秒、-0.7EV、ISO200
smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F1.9、1/200秒、-0.7EV、ISO100

これらの話を聞きながら撮影していると、目の前の景色がより深度をもって迫ってくるように感じる。見知らぬ土地へやってきて他人目線でただスナップするのも悪くはないが、ファインダー越しに対話しながら撮影することにより、写真一枚一枚に撮り手である私と被写体側のそれぞれの思いの層が重なり、より厚みが増してゆく。この「厚み」を表現するにはK-3 Mark IIIに搭載されているカスタムイメージ、「雅(MIYABI)」のカラーイメージがしっくりくる。ナチュラルカラーよりも深みが増し、撮影時に感じた印象により近い色のため、撮影後PCの画面で見返した際にも撮影したときの印象や気持ちまで鮮やかに思い出すことができるのだ。

smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F2.0、1/2000秒、-0.7EV、ISO200
smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F2.0、1/80秒、-1.0EV、ISO640

勧められるままにラムを飲んでいるうちに、気づけばゲストハウスの門限間近。居心地が良くてつい長居してしまった。店を出ると冬の日本海側気候特有の湿気を帯びた冷気が全身を包み込む。なるほど、関東平野のからっ風とは違って冷たいながらもどこか温もりを感じる寒さである。

smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited F1.9、1/80秒、-1.0EV、ISO1600

村上へ来るまでは身近な人の死によって心まで冷えたように感じていたが、今は不思議と温かな気持ちだ。
K-3 Mark IIIのファインダー越しに得た体験が、ラム以上に私の気持ちを温めてくれたのかもしれない。

smc PENTAX-FA 31mmF1.8AL Limited F2.0、1/60秒、-1.0EV、ISO1600

Mina Daimon
大門 美奈

Mina Daimon

大門 美奈

公募展をきっかけに写真家となる。作家活動のほかカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に自身が制作した弁当をモチーフとした「本日の箱庭 」・茅ヶ崎の浜の風景とそこにつどう人々を撮影した「浜」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)などがある。International Photography Awards2017および2019・2020にて入選。

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