“海辺の貝殻とはじける白波、
そして水平線までの自然なボケ味”を描き出す
HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WR
遠景と近景の描写特性の違いを愉しめる超広角スナップレンズ
開発の現場から
1997年の発売から20年以上愛されてきたLimited Lensとして初となるD FAレンズがここに誕生しました。
最新技術ばかりを駆使して突き詰める光学性能ではなく、あえて、実写テストによる官能評価を大切にして設計した
「HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WR」。
各セクションの開発担当者が、このレンズにこめた思いや製品の魅力について語ります。
- 商品企画担当
岩崎 - 光学設計担当
江橋 - 光学設計担当 兼 プロダクトマネージャー
小織 - メカ設計マネージャー
飯川 - メカ設計担当
中村 - デザイン担当
渡邉
- メカ設計マネージャー
飯川 - メカ設計担当
中村 - デザイン担当
渡邉
目指したのは、20年先でも変わらない魅力のあるレンズ
[商品企画:岩崎]
今やPENTAXの代表的なレンズとなったFA Limitedレンズは1997年、smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limitedの発売からスタートしました。Limitedレンズは、数値では推し量れない、その場の空気感や立体感を自然に映し出す描写であり、抜けの良さを大切に開発されたレンズで、時代が経ってもなお写真としての本質的な描写の良さを愉しめるレンズです。APS-Cサイズフォーマット でラインナップしていたPENTAXがフルサイズフォーマット のPENTAX K-1を発売し、フィルム時代にそれぞれこだわって企画したFA Limitedの焦点距離をデジタル一眼レフカメラで、フルに活かしていただけるようになりました。
さらにデジタルカメラで撮影いただいたときに、より抜けが良い描写となるよう、31mm、43mm、77mmのLimitedレンズを最新のHDコーティングにしてリニューアルもしています。
Limitedレンズの織りなす世界を愉しんでいただき、PENTAXのフルサイズ一眼レフをより魅力的なものにしたいと考え、FA Limitedの3本に加えて、D FA Limitedレンズの企画をスタートしました。D FA Limitedを企画するにあたり、FA Limitedレンズとは何か?改めて紐解き、Limitedレンズとは「20年先でも変わらない魅力のあるLENS」であることを再認識しました。そして、Limitedレンズの大切にしている3つのことを再定義しました。
そのうえで、初めて出すD FA Limitedレンズは、今までのFA Limitedレンズにはない焦点距離で、風景写真にもスナップにも使えるレンズが良いだろうということで、超広角レンズの 企画 構想を始めました。ただ最近の超広角レンズのように、どの距離でも解像力の高いシャープな描写するのではなく、遠景で使用 するときはシャープで平面性を保たれている描写でありながらも、被写体にぐっと寄った近接撮影では、絞り開放でピントがあったシャープなところと、そこからなだらかにぼけていき、背景の雰囲気を感じられるような全体的なボケ具合により、被写体がその雰囲気の中で立体感を得られるような描写としました。
Limitedレンズとして、このレンズのコンセプトに近いシチュエーションにおいて、特にレンズの強い個性が発揮されるようにしています。そのため、撮影する距離や絞りで描写の特性が変わります。この特性を感じてもらいながら写真を愉しんでもらいたいと考えながら開発しました。
Limited Lensが大切にしている3つのこと
D FA Limitedを企画するにあたり、1997年のFA Limited立ち上げに携わった当時のキーマンなどから当時の話や古い資料の共有を行い、過去の事実や伝説的なものをきちんと継承したうえで、Limited Lensがこれまでに伝えてきた価値を確認し、これから伝えていくべき価値をあらためて現代的に再定義することを目的として“Limited委員会“ を構成しました。Limited 委員会であらためて再定義した、“Limited Lensで大切にしている3つのこと”は以下の通りです。HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WRはもちろん、これまでのFA Limitedもこれらに基づいて企画・設計しています。
Limited Lensが大切にしている3つのこと
- 数値では推し量れない、
その場の空気感(立体感)を映し出す
自然な描写であること - 例えば、実写での官能評価を大切にし、
立体物での描写を評価すること
遠近感の感じられる諧調性の高い描写であること - 撮影を楽しんでもらえること
- 例えば、収差が織りなす自然な描写に加え、
絞りや撮影距離で表情が変わる描写
思い通りにコントロールできる
気持ちのよいマニュアルフォーカス
ボディとのバランスを考慮し、手に収まり操作しやすいサイズ感であること - いつまでも持つことの喜びを
感じてもらえること - 例えば、金属から感じられる安心感と精巧感
ただシンプルというものではない、
飽きのこない豊かなデザイン
HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WRの目指したイメージ
[光学設計:江橋]
企画側からは広角のFA Limitedレンズを作りたいということで、具体的なイメージは「カプチーノの泡の白さを表現し、カフェの雰囲気をやわらかくぼかして伝えるレンズ」「海辺の貝殻とはじける白波、そして水平線までの自然なボケ味を描き出すレンズ」「木漏れ日を綺麗にぼかして、森の静けさを伝えるレンズ」絞れば「朝靄のひんやりした靄を表現しつつディテールまでしっかり映し出すレンズ」という提案がありました。
一番表現したかったのは、広角レンズでのグッと寄った近景描写と背景のボケ味で、近景時のボケ味の柔らかさを出すため、あえて収差を残して、遠景では絞った際にシャープな描写となるように設計しています。Limited Lensの代名詞でもあるスナップレンズとして近景の柔らかさを意識しながらも、21mmという画角を生かした風景撮影にも使えるよう遠景のシャープさも追求し、結果的に対極的な描写表現を確立しました。この描写表現を確立するまでの道のりは長く、試験鏡筒レンズで描写やボケのパターンをいくつか変えて実写テストを繰り返し、それらをLimited委員会にて官能的に評価するというプロセスを経由しました。
設定した位置によってボケ量などをコントロールできる特殊設計バージョン
理想の表現を求めコントロールした球面収差
実写テストに際して調整した部分の一例をあげると、球面収差の量をコントロールしました。開放での近接撮影時にはピント面がわからないくらいの柔らかいイメージを意識して、結構大胆な球面収差を意図的に出しています。ただやりすぎるとボケボケの写真になるため、その微妙なコントロールを試験鏡筒レンズで実写し、我々のイメージに近い描写特性が得られる設定値をLimited委員会による官能評価を行い決定しました。
また、どの絞り値でもやわらかい表現をするのではなく、風景写真のようにある程度絞ることも想定し、F4くらいまで絞るとしっかりとした描写になるようにもコントロールしています。
ボケ形状の真円度と色にじみ抑制へのこだわり
ボケの柔らかさという点では質にもこだわり、コマ収差の形状を丸くして、像流れを抑えています。特に、周辺の後ボケの真円度とボケ像の色にじみが気にならないように配慮し、中心部の柔らかさを出し(フレアを抑え)ながら、後中ボケ、後小ボケ領域の味がどこまで許容できるのか検証を繰り返しました。球面収差を減らすとフレア感がなくなりピントは合わせやすくなりますが、その反面で収差を抑えすぎることにより、つまらない画になってしまいます。
このような、レンズの個性である“味わい“というのはシミュレーターでは判断することが難しく、人間の眼で感じる官能的な評価がLimited Lensではとても重要だと考えています。
[背景ボケの形状の違い]
機構設計と21mm独自のカム設計
[メカ設計:飯川]
通常であれば光学設計に合わせて機構設計を実施するのですが、今回は実写での描写を優先した設計だったので、レンズの駆動軌跡が最後まで決まらず、機構設計に着手できないことが予想されました。そのため、今までとアプローチを変更し、最初に、光学設計で光学性能をコントロールするレンズ群の最大移動量を決定してから機構設計を先行し、レンズ駆動軌跡を決定する検証と機構設計が並行して進行できるようにしました。
また、撮影レンズの位置関係を決めていく過程で、レンズ群位置を決定する移動カムの設計に苦労しました。実写での描写を優先すると、移動カム領域内で移動量が大きく変化する箇所があり、MFの操作感やAFの設計に影響するため、光学設計とカム設計の関係値を、何度も修正を繰り返し、実写での描写と、MF操作感 AF設計 を両立したカム設計にすることができました。
なめらかなMF操作を重視した機構設計
[メカ設計:中村]
企画当初からMFのなめらかな操作感、MFの直結感を重視したいとの思いがあり、HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WRでも採用されているクイックシフト・フォーカス・システム機構を用いることにしました。
この機構はAFレンズ駆動部材とMF操作部材がダイレクトにつながっているので、AF駆動トルクとMF操作トルク、WR機能の止水部材の負荷トルク、そこに描写性能を実現するレンズ駆動カムの形状によるトルク変動等の要素が追加され、最適化設計管理が必要になりました。最適化を実現するために、新たにトルク検知をする工程を導入し、最大、最小トルクだけではなく、トルクムラを管理することを導入しました。
AF合焦精度について
上記の新規トルク管理を実施することと合わせて、レンズ駆動を制御するカム部材の動きを直接検知するセンサーを導入し、加えて駆動モータ-切り替えクラッチ-レンズ駆動部材間のバックラッシュを検知するセンサーも導入することで、AF合焦精度を向上させました。また通常、描写を優先した移動カムを採用するとAF駆動に影響が及びますが、独自のアルゴリズムを採用することにより、AF合焦精度を犠牲にすることなく構成できました。
このことにより、WR性能を実現し、なめらかな操作感でありながら、的確にAF合焦ができるようになっています。
FA Limitedシンボルの七宝焼き
FA Limitedの発売当初にはなかった原料素材の制限が時代の変化とともに加わり、七宝焼きの色合いも変化してきていました。それも七宝焼きの良さではあるのですが、なんとか、発売当初の色合いに近づけたいという思いから、初期のFA Limitedから今日まで製作をお願いしている七宝焼きの職人さんに新規の釉薬調合をお願いし、HD FA Limitedシリーズから新たな七宝焼き部品としてリニューアルしています。
左から、製品採用版、純銀素材に新調合釉薬、銅素材に既存釉薬、純銀素材に既存釉薬、銀合金素材に旧釉薬
偶数枚の絞り羽根構成による光芒表現
絞りユニットを今回、本機種専用のユニットとして製作しました。
開放付近での柔らかいボケを実現するために、円形絞りを採用し、かつ、夜景撮影等での光芒をきれいに出すために、偶数枚の絞り羽根枚数を採用しています。ぜひ、遠景で絞りを絞った撮影での描写表現も楽しんでいただければと思います。絞りユニットというのは、撮影に有害なゴーストが発生することが多いのですが、反射防止塗料による塗装を実施して、ゴースト発生を最小限に抑える工夫もしています。
Limited Lensのデザインコンセプト "趣"
[デザイン:渡邉]
デザインコンセプトとして、我々がLimited Lensで大切にしているのは "趣" です。
一度手にしたら、この先もずっとそばに置いておきたくなる。眺めたり、触れたくなる。
そして、写真を撮りに行きたくてたまらなくなる。そんなレンズを目指しています。
趣のあるレンズとは
- 佇まい
- ● ほどよい大きさや形状 ● 金属がもたらす感触や安心感 ● 削り出し加工による精巧感
● ディテールにこだわった凝縮感 ● 無機質で単調ではないパーツの色調 ● 豊かさや味わいのある造形
● 手に入れて触ってみて高揚感がうまれるような外観 - 所作
- ● しっとりとしたフォーカスリングの操作感 ● はずすだけで即撮影状態になるレンズキャップ
● 新旧レンズの間で変わらない操作性 ● 静かで機敏な動作 - 思想
- ● 数値では推し量れない性能 ● 設計者のこだわり ● 実写での官能評価 ● 焦点距離によって物語を作る
● 肉眼で見たときの遠近感を大事にする ● レンズそれぞれにそれぞれのレンズの理念をあらわす言葉がある - 画作り
- ● 諧調の滑らかさ豊かさ ● 空気感、立体感を映し出せる
● レンズごとにストーリーをイメージし、それに合わせて絵作りをする
MESSAGE
[商品企画:岩崎]
FA Limitedは、発売から20年以上たってもなおPENTAXの代表的なレンズとして皆様に使っていただいております。D FA Limitedをはじめて開発しようと考えたときに、FA Limitedとは何かということを、いろいろな側面から聞いたり、考えたり、感じたりしました。
そして行きついたのは、交換レンズにおける写真の普遍的な愉しみでした。
レンズと絞りを通った光は、写真としてその場の空気感や立体感を表現でき、美しいと感じたものを一枚の写真として描いてくれる。そんなレンズです。
そして、写真を撮りに行きたくなる、なぜか常に触っていたくなる、そんなレンズにしたかったのです。
D FA Limitedは、PENTAXの交換レンズとしては、大きなチャレンジです。是非とも、FA Limitedに加えて、このレンズも愉しんでほしいと思います。
“海辺の貝殻とはじける白波、
そして水平線までの自然なボケ味”を描き出す
HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WR
遠景と近景の描写特性の違いを愉しめる超広角スナップレンズ