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町家で暮らす日々 28
写真と文 = 水野歌夕

箱階段の修復

築百年を越える古い町家などでは、十数年あるいは何十年かの内に屋根やら水回りやらと、何処(どこ)かしらに傷みが出て修繕が必要になってくる。実は我が家でも十五年程前に家中の大きな修復を行わなくてはならなかった。難題の一つは、玄関の坪庭に面した北西の角の柱が約十センチ陥没し、家に大きな傾きが生じていたことであった。

そこは丁度(ちょうど)二階に上がる箱階段の下であったから、造りつけの箱階段も一度取り外して柱の根元を確認し、その後ジャッキで家ごと柱を上げることになった。ところがこの箱階段は、いつの住人のころだろうか改造されていて、中に大きな年代物の黒い金庫が組み込まれていたのだ。そのせいもあり階段自体にも、がたつきが出ていた。この際だからと箱階段も、古建築を研究する友人の設計で元の形に復元することになった。しかし金庫の撤去が大ごとだった。この金庫、見た目はレトロで面白いのだけれど、ものすごく重くて少々のことではびくともしない。ひっぱり出すのにも大工さんが三人がかり、しかも錆(さ)びついて鍵はあっても開けることが出来ない。捨てるのも大変だが、その前に中身が気になる。鍵開けの専門家に依頼したが、やはり壊すしか方法はないとのことで、扉部分にドリルで穴が開けられた。すると出るわ出るわ、家族の注目の中、耐火のために金庫の扉に詰められていた砂が一度に流れ出した。結局期待を裏切り中身は空だったが、工務店の人、友人、家族で大騒ぎ。

今は美しく復元された箱階段であるが、見る度に思い出す楽しい出来事だった。

みずの・かゆう
写真家、エッセイスト。1969年京都市生まれ。佛教大学文学部史学科卒業。京都現代写真作家展において大賞、準大賞、優秀賞を受賞。2001年から一年間、京都新聞に写真とエッセイ「京都ろーじ散歩」を連載。初の写真集「京の路地風景」(東方出版)が好評。水野克比古フォトスペース「町家写真館」館長。
   
 
 
箱階段を取り外すと、聚楽(じゅらく)の壁に階段の跡がくっきりと残っていた。畳や床板も外されて、むき出しになった床下の土の上に置かれた箱階段はオブジェのように見えた。
 
この金庫は昭和初期のものらしい。当時はとても高価なものだったそうだ。箱階段は、普段は舞良戸(まいらど)と呼ばれる木製の引き戸の後ろに隠れているから、金庫を隠すのにぴったりの場所だったのだろう。
 
復元されて、古色をつけられた箱階段。引き出しや、引き戸つきの棚などの収納機能を併せ持つ階段である。現代の住宅には適さない勾配(こうばい)だが、慣れると案外昇降しやすい。