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アンドレアス・ファイニンガー写真展-Andreas Feininger’s PENTAX Works- PartⅡ 自然と形象Andreas Feininger (アンドレアス・ファイニンガー)

リコーイメージングスクエア東京では9月10日(木)より約2ヶ月にわたり“知る人ぞ知る”巨匠アンドレアス・ファイニンガー(米国)のペンタックスのカメラで撮影した作品を中心に構成した写真展を開催いたします。1992年に当時のペンタックスフォーラム東京/大阪(現リコーイメージングスクエア東京/大阪)で開催した写真展が約30年の時を経て現代に蘇ります。Part-Ⅱアンドレアス・ファイニンガー写真展-Andreas Feininger’s PENTAX Works- PartⅡ 自然と形象ではカラー作品約50点を展示いたします。
クローズアップで自然の造形に迫った作品群。感性と論理性が融和した堅実な作風のなかに、時折ユーモアのセンスがひらめきます。

ONLINE写真展

作者 Andreas Feininger (アンドレアス・ファイニンガー)
作品名 アンドレアス・ファイニンガー写真展-Andreas Feininger’s PENTAX Works- PartⅡ 自然と形象
会期 2020年10月8日(木)~11月9日(月)
時間 10:30~18:30(最終日16:00終了)
定休日 火曜日・水曜日
入場 無料
会場 リコーイメージングスクエア東京 ギャラリーA
連絡先 〒163-0690 東京都新宿区西新宿1-25-1 新宿センタービルMB(中地下1階)MAP
℡0570‐006371

作家コメント:ファイニンガーの心底にあるもの

『写真は絵による言葉である』
私が思うに、写真というものは、絵文字のようなもので、コミュニケーションの一つの方法である。ということはつまり、写真というものは、それを見る人にとって興味のある何事かを伝えようとするものではなくてはならないと思う。これのない作品というものは、無価値である・・・。

良い写真を撮ることの秘訣は、写真家がその対象に対してもつ興味の深さであり、写真そのものに対する興味であってはならないというところにある。私は対象物が私に「語りかけ」なければ、写真を撮ろうとは思わない。対象物によって私がつき動かされてはじめて、他の人々を感動に巻き込むことが出来るような写真を撮ることが出来ると思っている・・・
(Andreas Feininger)

作者プロフィール

アンドレアス・ファイニンガーは1906年パリでアメリカ人の両親の間に生まれ、ドイツで初等教育を受け、バウハウスで木工を、高等工業学校では建築を学びました。やがてパリでル・コルビジュの指導を受け、ストックホルムで建築事務所を構えました。そのころ独学で写真を覚え、1939年アメリカに渡り写真家に転向したのです。そして1943年からは「ライフ」誌のスタッフカメラマンとして19年間活躍、のちにフリーランスになっています。ニューヨーク大学ではフォトコミュニケーションを講じ、また写真展・著作・受賞は多数に上りました。作品はメトロポリタン美術館その他に収蔵されています。著作の内容も写真集から写真論・写真技術と広範囲に及んでいます。

彼は写真技術に関する著作を中心に、十数か国で数十冊の本を出版していますが、その著書のなかで≪写真は絵による言葉である≫と述べ、「写真はそれを見る人にとって興味のあるなにごとかを伝えようとするものでなくてはならない」と主張しています。彼は望遠・広角・魚眼レンズなどを通して、肉眼で見えるよりももっと多くのものを映し出し≪絵による言葉≫によって写真を見る人とコミュニケーションしています。今回の展示作品も、言語や文字・文化の隔たりに橋を架けるように、なにかを訴えかけているようです。


〇略歴

1906年12月27日
パリ生まれ。父は画家のライオネル・ファイニンガー(Lyonel Feininger)。少年時代はドイツの公立学校で学ぶ。
1922~1925年
ヴァルター・グロビウスのもとでキャビネットの制作を修行。
1926~1928年
ヴァイマールとツエルブストの高等工業学校で建築を学ぶ。そして写真に興味を持つ
1928年
建築学の≪修士号≫を受ける。建築家および報道写真家としてハンブルグ等で働く。
1932~1933年
パリのル・コルビジェの事務所でアシスタントとして働く。
1933~1939年
ストックホルムで建築と工業写真のフリーランスとして働く。
1936年
写真集≪ストックホルム≫を出版
1938・1939年
ストックホルム写真協会より銅メダル受賞。
1939年
≪写真の新しい道≫を出版。ニューヨークに渡る。
1940~1941年
ニューヨークのBlack Star Photo Agency にフリーランス写真家として雇われ、初めて「LIFE」誌に写真が採用される。
アメリカ政府戦時情報部の前線特派員兼写真家として従軍。
1943年
「LIFE」誌のスタッフ写真家となる。その後19年間に350以上の写真プロジェクトをこなす。
1954年
≪ニューヨークの顔≫を出版。
1955年
≪変わりゆくアメリカ≫を出版。
1962年~
ニューヨークおよびコネチカットに本拠をおき、フリーランスの写真家として活動。
1965年
メトロポリタン・アートディレクターズクラブから金メダル受賞。
1966年
全米雑誌写真家協会からロバート・レービット賞を受賞。
1974年
≪The Perfect Photography 完全なる写真≫を出版。
1976年
≪Light and Lighting in Photography 写真における光とライティング≫を出版。
1978年
≪Experimental Work 実験作品≫を出版。
1982年
≪Total Photography≫を出版。
1986年
全米雑誌写真家協会から名誉会員を受賞。
1987年
チェコスロバキア共和国政府文化大臣より芸術功績者としてジョセフ・スーデック メダルを授与される。
1991年
インド国際写真協議会より名誉会員を受賞。
国際写真センターより名誉会員を受賞。
この間ニューヨーク大学でフォトコミュニケーションを講じる。
1992年
写真展「ニューヨーク」「自然の形象」 ペンタックスフォーラム東京・大阪(現リコーイメージングスクエア東京/大阪)にて開催
1999年
逝去
      

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